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先日公開した「僕トモ~桜の木の下で~」への感想などにお返事しようかと思います~







まずアンケートでいただいた疑問へのお返事を漫画で描きました。




紗南とヨシトくん関連はむかしこーいう漫画も描いたのを思い出した



それと、「百の点在」だと思う、
百の点在でも紗南の話をしてるので
持ってる方は読み直していただいても
面白いかもしれません~

///

引用しながらお返事もします~

>3ページの雰囲気が良かった

あー、3ページ!
ちょっと削ろうかと思ったんですが
入れといてよかったです。
間違ってなかったーって思いましたありがとうございます。


>凄く良かったです。読んでいて、なんというか羨ましくてしかたなかった。日常の何気ない会話が、多分、私の世界で一番素晴らしいものだからかなぁ。本当に良かった。コマから太陽の香りが~普段漫画は読みません~、優しい稲妻みたいなものにサワッと撃たれた感じです!更新楽しみに~

ありがとうございます。
羨ましいという感想は、私もうれしいです。
大事にしているものについて共感していただけたかなと思いました。
この漫画は野外だったので太陽の香りがしたのかな(笑)
ほかの話は、屋内会話が多いので、どうだったでしょうか。
よろしければ他の話もお読みになってみてください(*^_^*)

>作品には色々なタイプがありますが、私は漫画や小説やバンドや、文章の要素がある作品の場合に限って作者に興味が湧きます! 写真なんかは勝手に自己投影して、想像して、綺麗だなとか不安になるなとか感じて終わり~

確かに、文章があると作者を意識しますね~
逆に写真にキャプションつけんな!!ってときもありますしね(笑)
邪魔だよ!!とか。
いろいろ感じていただいてとってもうれしかったです。
またお付き合いいただけたら幸いです。




まだまだ感想お待ちしております~~~
ありがとうございました。

拍手

PR
僕トモ新作、~桜の木の下で~を公開しました。http://sasthewebextra.web.fc2.com/youandi/sakura/no1.htm

描くにあたって考えたことなどを書きます。




中学生のときに、
芸術系の部活に入っていたせいか、
周りの親しい友人ほぼ全員が
創作活動をするという状況でした。

うまいとか、
へたとかはありましたが、
どれも面白く、
負けたくないなと思うものもありました。
売っているプロの作品と比べたら
そりゃ面白くないかもしれないけど、
熱があったし、
知っている人が書いていて、
作品の裏側もわかったり、
展開の相談をされて一緒に考えたりして、
それが実際に作品になってるのを見たりして、
とにかく深く深く味わえたのです。

そんなとき、
「実は自分も書いてみた」
と持ってきた友人がいました。
なかなかの長編小説でした。
しぜんと、仲間内で回し読みを始めたのですが、
これが、端的に言うと、

あんまりおもしろくなかったのでした。

この、「おもしろくなかった」という体験は衝撃でした。

それまで、無意識に、
「友人が書いたものは、面白い」
という思い込みがありました。
裏側も知ってるし、
作者も知ってるし、
熱意も知ってるのです。
でも、面白いとは感じなかった。
作品そのものに面白みを感じなければ、
やっぱり面白くないときは面白くないのです。

そっか、そういうものなんだな、と
若き日の私の思い出深い出来事です。
失礼な思い出話ですが。

ほとんどの「創作する人」は、
これと似たような思い出があるのではないかと思います。
逆に、
「面白くないけど、あなたが作ったのだから読むね」
というようなことを
言われたことがある人もいるのではないかと思います。

そして、やがて、
知ってる人に作品を見せるのに
少し臆病になるかもしれません。

・・・・

書いてて思うんですがこのテーマ
あと50回はネタにできるよね。

・・・・

このテーマは
いろいろな切り口から考えることができて、
今回は、あんなふうに切ってみました。

最近、なんか、
「作品と作者への評価を別にしよう」
という話をよく聞く気がします。
いいことです。

テレビに出て、
批評でお金もらってる人が、
「この作品は美人が書いたから評価する」とか、
「この映画撮ったやつは極右だからダメ」とか
言い出したら、
おいおい、と思います。

でも、

・・・・

とっちらかっててまとめるのが面倒になってきてしまいました。

・・・・

ブログやツイッターも
いやになるときが結構あります。

なんというか、
作品じゃなくて作者そのもののウォッチが
面白い
という面は確かにあって、
そんな感じで、
作品じゃなくて
作者を見に来てる人が
たまにいたりするからです。

なかには堂々と、それを言う人もいますね。
作家フェチとでもいうのか、
作品にはあんま興味ないのに
創作家の人が「好みのタイプ」だから
仲良くしよう~みたいな。
結構そういうのにうんざりしてる人も
多い感じがします。

あんまり極端だと、
「よし、帰れ!」って感じなんですが、
まあ面倒です。

・・・・

トモダチが書いたからといって
甘い点はつけないのですが、
トモダチが書いたからこそ
読む気になって、
読んでみたら面白かった
ってほんとよくあります。

・・・・

佐村河内守氏のゴーストライター騒動なんか、
まさにど真ん中このテーマでしたね。

耳が聞こえない人の作曲というストーリーで
音楽を聴いてるのか、

音楽を聴いてるのか、というようなこと。

音楽を聴いているのなら、
実は作者が違いました
といったところで、
作品への評価も変わらないはずなんですが、
どうだったでしょうか。
いや、だまされたと思って怒ってる人もいるでしょうが。

私はその騒動で新垣隆さんを知り、
その後 彼の軽いファンとなって、
たまに新垣先生のイベントに
行ったりするようになりました。

そもそも新垣さんは、
普通に発表していたのでは作品が売れなくて、
あんなことをしてしまった
という面があると思いますが、
謝罪したところで、
やはり
その騒動から彼の音楽を知った
私のような人間が増えたわけで、
失うものもあったけれど
得るものもあったのでした。
それがいいことかわるいことか、
一生をかけて道を探していかれると思いますが、
「なんとかして売りたい」
「知られたい」
という思いなんかも、
作者と作品を
分かれがたくしているひとつだと思います。

マーケティングみたいな話なのかもしれないです。

・・・・

この海に
作品をボトルに入れて流す。
作者名もわからず、
どこの誰かもわからず。

やがて
どこかの誰かの手元に届き、
それがとても喜ばれ
なんか色んな人に絶賛されたりする。

というようなことが
たま~~~~~にありますが
ほとんどの作品はそうじゃありません。

・・・・

最近、なんか、
「作品と作者への評価を別にしよう」
という話をよく聞く気がします。
いいことです。

しかし、
本当に分離可能なのか、
あるいは
不分離だとしたら
どこまでが分離できるのか

というような思考や模索なくしては
あんま意味がないような気もします。

・・・・

・・・・

今回から、つけペンという、
昔から漫画家さんが
漫画描くときに使ってるあれで描きました。
つけペンと墨汁で描いてます。

私は小学生の頃から長らく使ってましたが、
一回漫画が描けなくなった時期に使わなくなり、
デジタル化したりして、
なんだかんだ
とても久しぶりに使いました。
つけぺんの「線」がすごく好きなので、
自分的にはとてもよかったですが、
なんか
実際漫画になってるの見ると
あんまり違わないかな(笑)

ちがったよ~
よかったよ~

という人がいたら拍手ください。


・・・・

僕トモのセリフは
プロットをまず書いて
漫画に配置してくのですが
こんなふうに
配置の際に
変わっていくことがよくあります。



↑こっちが完成原稿





↑こっちは没




漫画もがんばって描いたので
感想もらえるととってもうれしいです。
ひとことでもいいので、待ってます~

おやすみなさい。

拍手

少し前にツイッターでお題箱というのが流行ってました。

http://odaibako.net/u/boku2mo

それで描いた絵です。






お題「節分」








お題「お風呂でほっこり」







お題「着物」 二回来ました







何を持たせるかいろいろ悩みました






またふらっと送ってください~

拍手もリクエストもありがとうございます。

拍手

先日公開した
「僕とトモダチの果てしない話~段ボールの視界~」
について、ちょっと書きます。


作品を、ある種の「謎」みたいなもの
と思って見たときに、

エンタメにおいての謎というのは、
解明される対象、
つまり解明するところに
面白みがあるのでしょう。

作品解説を、作者みずからがやってしまうと、
この、
謎の解明を
やりすぎてしまう感じがするので、
何年も経った作品ならいざ知らず、
公開直後のものは
私としてはあんまり語りたくない
という感じがします。

というか、
作品なんだから、
言いたいことは作品内で描き終えてるはずなので、
もう語るところがないというのもあります。

【追記】
それに、作者が「こういう感じで描きました」
って言っちゃうと、
それが「正解」になっちゃうようで、いやなのです。
作品の解釈とか感想に、「正解」なんか
あってたまるかと思います。
だいたい、
作者は神様じゃないというのが私の作品については言えて、
書き終えてみないとわかんないし、
読み直してみたら、あらあら、全然思ってたのと違うわ、
ってなることばっかりなのです。
なので、「正解っぽい」ことを言いたくないのです。

という観点からすると、
やはり作品というのは「謎」であって、
「謎」ではないという、不思議なものです。
【追記終わり】

でも、実際は、
読者からすると、
「そこも含めて作品」
というような感じだし、
より深く味わうための一助
程度なものだったりしますね。
あんまそんな、深く考えんでも、みたいなね。


そんななか
先日、お知り合いのカコセイイチさんから
~段ボールの視界~を
読んだ感想をいただいたのですが、
それが、感想の域を超えて、
謎の解明をしていただいたな~という感じで、
とても痛快というか、
ありがたかったので、
それを載せていただきつつ、
私も私なりになにか書こうと思えました。

このブログを書こうと思った動機を
書くだけでこんなに長くなるとは!!


よろしければ
~段ボールの視界~を再読いただくか、
未読の方はご一読たまわりましてから、
先にすすんでくだせえと思いつつ、

読んでない人で、ブログを読んでから
読んでみようという人がいても、
いいよねとも思いますことよ。


僕とトモダチの果てしない話~段ボールの視界~ はこちらから


読みましたね??


カコセイイチさんからいただいた文章を
許可をいただいたうえでそのまま引用いたします。





(前略)


今回のテーマはいつもに増して哲学的で考えさせられました。
「捨てる」「拾う」、「助ける」「助けられる」
…この輪廻が交差する二人の視線で表現されているようで、
お話の最初から最後まで、
その綺麗な流線が見えるような感覚になりました。

最後の子供のヨシト君を大人の怜央君が助けるシーン、
本当にかっこよかったです!
「助ける」「助けられる」が
時空を超えて交差しているシーンで素敵でした。

好きなコマは
ヨシト君が
「捨て猫を拾う人は無責任だ」
って言うのを聞いた時の怜央君の表情です。
これは私の勝手な感想なんですが、
今回、子供の頃の怜央君は出てこないけど
もしかしたら怜央君は
子供の頃にヨシト君と仲良くなったことを、
どこか少しだけ「助けられた」と
感じているんじゃないかと…。

だから、
捨て猫を拾って来ちゃうヨシト君のエピソードを、
本人のヨシト君とは違って、
とても大切に思っているような気がします。
それをヨシト君がああ言ったのが、
なんだか嫌だったんじゃないかな…と、
あのコマの怜央君の少し驚いたような顔を見て感じました。

(後略)


お返事はカコさんに直接しましたので、
ここでは何も触れませんが、
この作品の謎を、
カコさんが拾い出し、
解明してくださったなぁと、
名探偵だなぁと思いました。

作品解説は
カコさんのおかげでもう十分、
十分以上なので、
私はいろいろ書きます。



僕トモのプロットを書こうとするとき、
大体、「もやもやとしたもの」があって、
それが、ヨシトくんの思いだったり、
怜央の体験だったり、
なんか心に
引っかかっていることだったりします。

いつも、
心のどこかに、
もやもやしたものがあって、
それが流れていかない。
「あれはなんだったんだろう」
というような思いが、
「誰かに話そう」ということに
なるんじゃないかと思います。
それが会話だと思いますし、
それが僕トモなのでありまして……

謎の解明をした結果が
また作品という謎になるのが
おかしなというか
面白いところです。

話を戻して、今回の~段ボールの視界~について。

この話は、実は、
コミティアで出した&通販とダウンロード販売中の「その日、ガリバーがやってきた」内の話と
通じるところがあります。
(絶賛発売中!!!!!)

人は、
同じ体験を二度はできませんが、
超ムカついた、という話を
トモダチにしていると、
そのときのことをリアルに思い出してきて、
怒りを再生してしまう、
ということがあります。

人は、
同じ体験を二度はできませんので、
過去を変えることはできませんが、
過去の捉え方が変わることで、
自分のなかで
「ずっと後悔していること」
だったり、
「ずっと気にしていたこと」
を、
ちょっと違うところに
納めることはできます。

この二つをあわせると
「過去の自分の救済」
みたいなものが、
少しできるのかもしれません。

ヨシトくんがずっと気にしていた、
仔猫を拾ってきてしまう自分についての
後悔だったり、
悲しさだったり、
やるせなさだったり、
というものが、
ずっと消化も昇華もしていなかったことが、

大人になった自分によって、
ちょっとちがうところに納まる……
ように見えて、
今回は納まってないですね(笑)

カコさんがズバリ書いてくださいましたが、
助ける・助けられる
過去と未来の
交錯が
今回のお話でした。

ヨシトくんの自己救済は
今回うまいところには納まっていないし、
結局自分はあの頃のままのところがあると
気付いたのですが、
今回、
怜央に「話した」ことによって、
助ける・助けられる
には、
他社の介入
というものがあると
本人も気づいた……
のかどうかは定かではなく。

でも、
夢の中に出てくるくらいなので、
頼りにしてるのだと思います。


なんとなく、
「そうやってにんげんいきていく」
みたいな終わり方になって、
個人的には
すっきり終わりました。




いろいろな感想を寄せていただきました。
ツイッターのリプライや
ウェブ拍手、
ありがとうございました。

「主筋」として私が込めたものは
上記したような内容ですが、
ここで拾いきれないような
細かいTIPSはたくさんちりばめておりますので、
そういったところを拾ってくださったような感想もあり、
なんというか
小宇宙
と思いました。

また次もよろしくどうぞ。

拍手

通常、漫才は
「ボケる&つっこむ」というワンセットだ。
しかし、昨年のM-1で優勝した銀シャリが顕著だったが、
近年(っていうのは往年の漫才は知らないから)
一流の漫才は
「ボケで笑う、ツッコミで笑う」
という二乗の状態にある。
さらに、ツッコミへのツッコミ、
そこにノってのボケなどもあって、
無限大の笑いがマジで瞬時に
小宇宙のように広がる。



僕トモを書いていると
怜央がボケて、
ヨシトくんが共感したり流したりつっこんだりして、
(まれに逆もあり)
すると怜央が面白がってさらにボケて、
さらにヨシトくんがつっこんだりするので、
ほんとうに主題と関係ないところにどんどん発展して、
「違う違う、違うわ・・・」
と消すことが非常によくあります。
でもヨシトくんもボケなのでWボケですね。
本質的にはつっこまない話だから、僕トモは。

今度から消さないで
あとで適当に公開しようかなぁと思いました。

拍手

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